​鈴木愛弓

舟をこぐ、坐る月

​【STATEMENT】

油彩の制作と並行して紙の作品を最初に作り出したのは今から3、4年前のことです。アクリル絵の具を使った紙の作品を少しずつ描き始めました。上から何度も描き直すことができる油絵と違い、紙は一度描いた形や色を消せません。慣れない画材に四苦八苦し手探りの制作にもどかしさを感じる一方で、油彩では出来なかった種類の表現や、画面に出現する緊張感を徐々に発見し今まで油彩を描き続ける事で作ってしまっていた自分の殻を脱皮できるかもしれないという微かな予感がありました。

しかしこれはあくまで実験的な試作です。どこにも発表せずこっそりやっていました。ところが2015年のCRISPY EGG Galleryでの個展にて、紙作品の試みが日の目を見る事となったのです。

 個展でアクリルの紙作品を発表したすぐ後、祖母が生前使っていた部屋の襖絵を描くというとても私的な制作をしました。そこで初めて墨を使って絵を描いたのですが、細かい粒子によって出てくる墨特有のムラや滲み、独特な黒い発色、色幅の広い濃淡、このような要素に後押しされる形で私の紙作品はもう一段階展開を広げる事となりました。

こうして近年油彩の他にもう一つ、紙作品というアウトプットの方法を見出したわけですが、結局は同じ源流の水を違う器で汲んでいるのだと改めて気づきます。逆説的に言えば、油彩という器ではこぼれてしまう何かが私自身の中でじわじわと膨らみ、それをすくい取るための新たな器を欲したのかもしれません。特に今回の大作を含む墨作品はより内向的な方向に空間が広がるような、内なる深淵を覗くようなあやしい印象をまとっています。日常から地続きに繋がっている非日常に一歩踏み込んだ感があり、そこに広がる山々は果てしなく遠く、海はどこまでもつづくのです。

2017年11月

鈴木愛弓

三渓園 展示風景