2016.2.7~2.27

Shumpei  Minagawa

あの日の夜をこえるために

CRISPY EGG Galleryでは皆川俊平氏をお迎えして、個展『あの日の夜を越えるために』を開催する運びとなりました。

 

皆川氏は絵画や写真、インスタレーションと多岐にわたる作品を発表してきました。また、2006年より渡良瀬川流域を中心としたアートプロジェクト『WATARASE Art Project』の中心的メンバーとしても活動をしています。

 

皆川氏のテーマは彼自身が「憑依」という言葉で繰り返し語っているように、私がそれを見ている、という自己閉鎖的な一方通行の視点ではなく、中心化された主体を解体し、「見ている対象に見られている」という相互に浸透しあう構成的否定性のなかの事物の存在をテーマとしてきました。(Shumpei minagawa HP

 

主体が客体を「対峙する実在物」としてみる場合、その客体は固定されたフレームのなかで収まっているとみなす、という閉鎖性が伴うと考えられます。客体からの眼差しもその中心化された主体を脱中心化しつつも、また強固に中心化してしまいます。しかし、皆川氏は自らが移動することにより、世界を覗き見ているスクリーン自体を否定し、全てが動的な連続体であり、客体だったものはその一部でしかなかったこと発見します。

ところが、奇妙なことに、この視点の「空」感覚を保持していると考えられる皆川氏はそのフレームをあえて再び手にします。この奇妙な反復が「憑依」であり、「目と意識だけを映し(下記ステートメントより)」た状態であり、それが彼の作品そのものであると言えましょう。

 

今回のテーマは「部屋の移動」。

多くのキャリアを持つ皆川氏ですが、実は個展は10年ぶりとのこと。

彼自身のイメージをダイレクトに受け取れる良き機会になっていることと思います。

ぜひご高覧下さい。

 

2016年1月

石井弘和

Statement

 

ある物事と別のある物事は、一見すると離れているようで、しかしその背後や根底にいくつかの共通項を見つけられることがあります。

 

作品をつくることは、見えないつながりを探し、それを可視化することだと考えています。

 

作品をつくるうえで、私はいくつかの土地を移動します。

現代のアーティストにとって、そのような移動は珍しいものではなく、漂流することがほぼ日常化されていると言えます。それは物理的な移動のみではなく、精神的な移動も含まれていると思いますが、ともすれば、それは自分の始まりの場所の希薄さ、言い換えれば、アイデンティティ的な空虚さに起因するのかもしれません。

 

仮に、作品というものが何らか世の中の要素を反映しているのだとすれば、作品をつくることは世の中を映すことと言えるでしょう。

ルイス・キャロルの小説の中で、主人公アリスは鏡の国へと旅立ちます。しかしアリスは鏡の中に入ることを「つもりごっこ」と言っています。始めから鏡に映る世界へと、目と意識だけを移していたのです。

 

私も、この身体を、そして目を、映る世界へと移動させ、作品をつくっています。それが私にとってのリアリズムであると思っています。

 

 

皆川俊平 / Shumpei Minagawa

Questionnaire

 

 

(1)皆川さんのホームページのステートメント(Shumpei Minagawa HP)に書かれている「憑依」や「渡り」といった表現は、中沢新一で言う所の「対称性」と近いと感じたのですが、一方で、相手をコントロールしようとする意思も見え隠れします。

かといって、ハッキングほど強制的なコントロールでもありません。

「憑依」や「渡り」とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

 

実は恥ずかしながら中沢新一の著書をほとんど読んだことがなく、聞きかじり程度の理解しかないのですが、「憑依」や「渡り」という言葉は中沢の「対称性」に近いと思います。

しかしそれは、鑑賞者と作品、もしくは鑑賞者と制作者である私との関係ではなく、作品のうえで対象(たとえばモチーフ)となるモノ・コトと、制作者である私との関係が「憑依する」という言葉に当たります。簡潔に言えば、作品を表す言葉として「憑依」があるのではなく、それは制作のプロセスを意図したもので、私の周囲にあるものごとが体験や経験となることで「憑依」してくる、という感じです。

 

制作における「憑依」は、ある種の支配的な意味合いとも言えるのかもしれません。例えるなら、食物を食べて自分の身体の栄養とする(これは中沢の記す部族社会におけるイニシエーションとも似ている)ように、出来事や物事を吸収することで、私自身の制作が行われています。しかし、周囲にある制作の動機となるものごとの側に主体があると考えています。

養分を吸収するといった、身体などの「自己」において完結する考えではなく、あくまでも一時的に、対象となるある何かを自己が演じることで、この時、自己は可能な限り透明な存在(そこにいるけどいないもの(≒黒子的な存在)として認識される)となります。

このことから「憑依」は、対象を消費し自己を補完するといった増減による関係ではなく、対象と自己との間で量の増減のない質的な変容だと思っています。

 

ですが、その憑依的な制作は、ある誰かに「見られている」こと、または「見ている」誰かが憑依を承認することによって成立するものでもあります。

※(2)の回答に続きます。

 

 

 

(2)当初、ステートメント(Shumpei Minagawa HP)にある『「見る」という行為のリアリティの出現』とは「複層的にコンテキストを共有する」ということと理解したのですが、何度も読むうちに、「共感する」に近い表現なのかな?と思うようになりました。作品も人がテーマの場合は「コミュニケーション」を、自然や霊的なものをモチーフとした場合は「見る/見られる」というように、「共感」を問う作品が多くみられますが、これはなぜなのでしょうか?

 

憑依を承認する、ということは、たとえばある演劇的な場において、見る側は役者の個人性より役柄という個人性を見ているのだと思いますが、このとき、見る側が役柄を肯定しなければ、その個人性は存在できないこととなります。

儀式や祭祀において、ある何者か(たとえば、神、悪魔、それに付随する霊的なもの)の術者もしくは演者への憑依を鑑賞者が承認しない限り、それらは存在できないのですが、祭りなどは、その承認が無条件に行われているのが不思議に思えてならないのです。これはコンテキストの共有という知性や理性による理解もありつつ、体験的な共有がなされているからかもしれません。

 

 

私は、現代におけるリアリティの所在について考えます。

リアリティは、あくまでも物質的な意味での存在の証明を意味するのかもしれませんが、物質的に存在しないものを第三者とともに共有する(承認する)ことで存在させてきたリアリティもあると思っています。

物質的な豊かさの崩壊した現代において、また今日のようなインターネットの普及に至るまで、視覚情報が現実に手で触れられるものだけとは限らなくなっているでしょう。良くも悪くも「見えなくともそこに在る」という認識がむしろ強まっているように感じられます。

 

ルイス・キャロルの記した「不思議の国のアリス」は、実は物語の冒頭ですでアリス自身の言葉で「鏡の中の世界へと入れる『つもり』」になる、と言っています。

物語の成立は、ある種の自己演技的な「つもり」によってなされているのですが、これは「憑依」を行う側にも言えることで、憑依させている「つもり」という自己演技でもあるのだと思います。

アリスは、鏡に映っている自分を見て、鏡の前に立っている自分の側が鏡の世界であり、鏡の向こう側に映っている自分こそ本当の自分である、という仮定(つもり)を行うことで、鏡の物語を成立させてしまっているのです。物質的な第三者の介入なく自己を第三者と見立て、見えないもの(鏡の世界)がそこに在る、という認識を成立させることにアリスは成功しています。

しかし、実はここにもうひとつ重要な要素があり、アリスはたった一人で鏡の世界をつくったのではなく、アリスの「つもりごっこ」を承認する、飼い猫が『傍観者』として登場しています。

 

 

「渡り」という言葉は「憑依」とそれほど変わらないのですが、今ここにいる自分の目を、別の誰かの目へと「移す」ことで、自己や事実を承認することができます。

つまり、対象を私へと移すことが「憑依」であり、私を対象へと移すことが「渡り」であると言えます。

このことが、理性的な理解や共有ではなく、共感を問うという態度になるのかもしれません。

しかし、アリスの物語にあるように、どこかに『傍観者』という存在が必要になります。

「見る/見られる」関係において、傍観者は多くの場合、鑑賞者にあたるのかもしれません。しかし、時として、触れ得ることのできない視覚情報や世界に対しての私も含めた多くの人々の在り方が『傍観者』的であるとも言えます。

 

私たちのリアリティは、そのような、「見る/見られる」という関係の位置の転換を行いながら構築されていると考えています。

『存在は相互関連性そのもの』と中沢が著書の中で記しているのですが、「見る/見られる」という関係には固定性がなく、ともすれば私たちは世界に対して「見る」という側である「つもり」でいても、実際には世界から「見られている」ことで私たちが存在できているのかもしれません。

 

私の作品は、「見られる」対象から、作品そのものが「見る」という主体を持ったものであってほしい、と思っています。

 

 

 

 

 

(3)皆川さんのモチーフで繰り返し使われる「山」。「山」は皆川さんにとってどのような意味があるのでしょうか?

※皆川 さんの過去作(http://www.minagawa-shumpei.net/minagawa-shumpei/painting_index.html

 

山に対しては深い意味はあまりないのですが、単純に、山を描き始めた2010年頃から、山に囲まれた環境に私自身が住んでいることに関係しています。

簡単に言えば、今、私にとって身近な環境であり、なおかつ遠い、これまであまり縁のなかったもの、ということです。

山を描いているというよりは、山の姿が憑依した私という誰かを描いている、という感じです。

 

 

 

 

(4)皆川さんの代表的な活動としてワタラセ・アート・プロジェクト(WATARASE Art Project)があります。このワタラセ・アート・プロジェクトはいつ、どのようなきっかけではじめることとなったのでしょうか?

 

これはほんの偶然に過ぎません。

たまたま行った土地で、その時抱えていた美術の現場の在り方への問題意識から、その場のノリで行ってしまった展覧会でしかありません。

私自身は長期的な視野もなく、またプロジェクトを続けるということへはじめは強い思い入れはありませんでした。

ですが、幸か不幸か、関係の連続がプロジェクトを形成し始め、いつの間にか、プロジェクトを行っている私が第三者により形成されました。

社会性に触れ自意識が形成されるようなプロセスとも似ているのですが、このことは、私にとってのリアリティへの考えの気づきをもたらしていると思います。

ワタラセ・アート・プロジェクトについては、複数の人々の主体が移動し合う相互関連性の中で「発生した」という言い方が適当であると思っています。

 

 

 

 

(5)ワタラセ・アート・プロジェクトのコンセプトはどのようなものでしょうか?

 

(6)ワタラセ・アート・プロジェクトは、いわゆる地域活性型のアートプロジェクトとは異なり、当初は行政などとは関係なくスタートした、という話を伺いました。この場合、ワタラセ・アート・プロジェクトの存在は地域の方々にとって、気が付いたらそこにいた、という幽霊のようなものであったと推察されます。これは地域活性化(ヨコハマ・トリエンナーレでいえば「地域の浄化」)のような明確な目的があるわけではありません。このように「気が付いたらそこにいた」的な関わり方がワタラセ・アート・プロジェクトの特殊な部分だと思うのですが、なぜそのような関わり方が可能だったのでしょうか?

 

(7)現在ワタラセ・アート・プロジェクトとは別に、何か新しいアートプロジェクトを企画しているのでしょうか?お答えいただける範囲で構いませんので、お教えください。

 

悪い言い方をすれば、ワタラセはただ「流されている」だけだと思います。

ですからコンセプトのような明確な立ち位置や言葉は持っていないのですが、流動性や相互関連性といったことが、むしろコンセプトと言えるのかもしれません。

しかし逆に、強固な立ち位置を持っていない幽霊的な状態だったと考えれば、プロジェクトの存在や意義は、関わる第三者や土地からの見方に委ねられていることにもなります。ですから、当初は行政などはさほど協力的でもありませんでしたが、始めてみた結果、プロジェクトの位置付けが関わる人々によってさまざまな付け加えられ、それをプロジェクトが吸収し今日までかろうじて続けられているのだと思います。

 

「渡良瀬」という位置付けもまた流動的で、通常、多くの地域でのアートプロジェクトは、中心となる地域の地名や市町村の名前が付けられています。

しかし「渡良瀬」は、渡良瀬川の流域を意味するという部分では確かに地名ではあるものの、その領域を限定する境界線はあいまいです。

実際には、古い地名として、なおかつ渡良瀬川の由来となった「渡良瀬」が、現在私の住む栃木県日光市足尾町内にあるのですが、しかし、たとえば足尾から離れた群馬県館林市と茨城県古河市の境界付近に「渡瀬(わたらせ)」駅があったりします。

極端な言い方をすれば、その場所が「渡良瀬」であると思えば、どこでも「ワタラセ」に成り得ると言えるかもしれません。

 

今のところ、ワタラセとは異なる新しいプロジェクトについて、まだ漠然と思い描いているだけなのですが、昨年の台風で堤防が決壊し、大きな被害をもたらした「鬼怒川」について考えています。

それは「鬼怒川」で何かを行う、というより、鬼怒川の由来のひとつとされる「毛川(けのかわ、けぬかわ)」から始まり、『毛の国』という位置付けを興味深く感じています。

『毛の国』は、奈良・平安の頃など、まだ日本の中心が関西にあった頃にすでに成立していたと見られる、群馬・栃木・茨城の一部の広範囲に広がっていた国とされます。しかしその時代のことなので、おそらくは川が境界を成していたと思われます。

『毛の国』ということを考えた時、現在の行政等で定められた単位とは異なる地域像が浮かび上がるとともに、それはある意味で、さほど重要視されていなかったがゆえに歴史的な空白となってきた部分を、時間的跳躍をもって現代で再考することとなるのかもしれません。

 

まあ、それほど壮大なコンセプトを掲げるつもりはありませんが、ワタラセ・アート・プロジェクトも今年で始まりから10年、ということで、そろそろ少し違った地域へも足を伸ばしたいですし、私自身も、できれば今年はさまざまな場所で制作ができれば、と思っています。

 

 

 

(8)今回の展示のテーマはなんでしょうか?

 

今回の展示のテーマは「部屋の移動」です。

 

安直かもしれませんが、初めてギャラリーを拝見したとき、その佇まいと小ささに興味を持ちましたし、その場所が以前どのように使われていたのか考えてみたくなりました。

しかし、ギャラリーとなる以前の状況を正確に再現するというものではなく、ある誰かを想定し、その誰かの部屋がわずかに、今のギャラリーに重なり合って垣間見える、という感じにしたいと思っています。