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13:00~18:00

2018.5.10~5.27

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『「器の作用」展示の補足の補足』​

今回はいつもと違う展示となった。

以下は、中元寺氏の補足の補足として読んだいただければと思う。

 

2015年よりギャラリーを運営し始めて3年目となる。

作家からギャラリー業へと活動の主軸を変え、新たなカオスに出会えることを不安半分期待半分で挑戦し始めたことを憶えている。

 

最初はなにもわからないということもあり、ある程度のカオスの興奮は味わえたのだが、3年目ともなるとそこそこのルーティンが出来上がってくる。

作家と打ち合わせをし、それに伴う広報や営業をし、人を雇いetc

一人で運営していて、外からも内からも批判はあまり発生しないゆえに、簡単に自動化していった。

別にルーティンが悪いわけではない。

ルーティンが出来上がってくれば、余計な仕事は削られてくるものなので、その余力を別へと当てはめられる。

例えば2017年に行われた三渓園の展示やアートフェア参加などがそれにあたる。

 

ただ一方で、当初「カオス」を様々な作家を通して味わうことができるのではないか?と心躍らせていたわけだが、どうもそれはあまり実現できていない。

 

いくつか理由があるが、今回はその主軸となる場所の話をする。

場所の問題。

CRISPY EGG Galleryはホワイトキューブでなく、ただの古い家なので、最初はその特殊性は「大いに作家の想像力を刺激し、自由な展示が行われる」方向へと作用されると思っていたが、おそらく作家はそれを「抑圧的」と受け止めていたようである。彼らはその抑圧を乗りこなそうと、展示空間へのアクセスにおいて、作家の側で(無自覚に)ネガティブな、もしくは不自由なコントロールが働いてしまっているように見える。

そもそもハコのサイズも小さいし、様々な建具や梁がせり出している。そのどこにでもある風景が、「むしろ特殊性をもつ」と考えていたが、民家という「凡庸さ」は当たり前にそして暴力性を発揮してしまい、私が求める「カオス」は顔を顰めてしまっている。

 

これはあまり想定していなかった。

もともと私は、カオスが発生する要因として「制御不可能性が高い」ことが重要だと考え、展示への過度な介入はできるだけ避けていたが、場所自体が抑圧的に働くのであれば、カオスなんてものは自然発生しようがない。というか、「制御不可能性が高い」ってなんだ。それ自体がコントロールを示唆してるではないか。

一旦そこに疑問を持ち始めると、ホワイトキューブ(それはそれで制度としての批判があるが)という、人工的につくられた「なにもない空間」という欺瞞が、(たとえそれが欺瞞であったとしても)自由に、ポジティブに、展示空間を演出できる力を持っているのではないか、という疑念にかられてしまう。

また、2017年に三渓園での展示を企画した。展示場所であったお堂と彼女の墨の作品の相性が良く、作家の鈴木愛弓氏は大いにその場所を使いこなし、好評を得た。

一方で同じ作品はギャラリーの壁面に入りきらず、対に置かれていた大作は一枚だけとなったにもかかわらず、部屋の狭さゆえ空間を圧迫。雰囲気は三渓園とは全く違うものだった。

三渓園では三渓園の。CRISPY EGG GalleryではCRISPY EGG Galleryの作品が立ち上がってくるのであれば、これはつまりCRISPY EGG Galleryという場所では「凡庸さ」による空間の抑圧的な働きにより、各作家の身体を巫女として通してCRISPY EGG Gallery的作品が亡霊のように呼び起こされる、と考えることができる。

私としてはこの「CRISPY EGG Gallery的作品が亡霊のように呼び起こされる」というものは可能な限り排除していきたいと考えている。

なんどもなんどもそんなゾンビみたいなものに(しかも同じような顔をしたような!)付き合いきれないからだ。

これは作家への批判という意味ではない。作家というのはあくまで巫女もしくは媒介者であるので、当然の結果と言える。どちらかといえば、場所や制度の作用がどのような効果があるのか、無自覚であったことへの自分への注意喚起である。

 

このような理由により、これから様々な形でCRISPY EGG  Gallery的なものの変質を試みていきたいと思っている。

本展示の企画者はスッタフの中元寺琢磨氏である。

ギャラリーにご来場いただいた方は、もしかしたら彼のことを知っている人もいるかもしれない。

「器の作家さんをお願いしたい」という要望以外は、作家の選定、企画、広報などの詳細はすべて彼が行っている。

場所を変えることは経済的理由によりできない。

であれば制度を変えることで、少し何か違ったカオスが発生するのではないかという期待がある。

また「陶器」という異なる分野を選んだのもそれが一つの要因である。

作家である野上氏は今まで扱った作家の中ではもっともベテランの作家である一方、「○△ギャラリー」を運営するギャラリストの面ももっており、学ぶことが多くある方だと思っている。

次回も同様の展示を企画している。

さてどうなるのだろうか。

心から楽しみにしている。

 

CRISPY EGG Gallery

石井弘和

【STATEMENT】

器とオブジェの境を意識せずに制作を続けてきました。
大学在学中は陶を素材としたオブジェやインスタレーションで作品を発表していましたが、いつのまにか器制作がメインになっていました。意識しないことで、私らしい器が出来ているのではないかと思います。
技法としては、古来からある紐作りです。粘土を紐状にして積み上げていくものですが、紐の跡を残しているところが違います。強調するために白土を象嵌しています。

​野上薫

野上薫 作品使用例

【EXAMPLE】

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【◯△ gallery】

​(文章 中元寺琢磨)

無題

底径約40cm × 高さ約50cm 2005 撮影 長塚秀人